「――――っっ!!!」
声にならない悲鳴を上げて岩城はとび起きた。暗闇の中、カッと目を見開く。
「岩城さん、大丈夫!?」
カチッとスイッチを叩く音がして、サイドテーブルの小さな明かりがついた。温かい香藤の手が両肩にかかり、岩城はびくっと体をこわばらせる。認識が追い付かず、現状が把握できなかったのだ。
間近で心配そうに瞬く、琥珀色の瞳。
「・・・・・・夢を、見たんだね。大丈夫、オレがそばにいるよ、大丈夫・・・・・・」
辛抱強く語りかけながら、震える背中を優しく撫でさする。香藤の慈しむような優しい慰めに身をゆだねながら、岩城はほっと息をついた。
「夢か・・・・・・、よかった・・・・・・!」
かすれた声で、血を吐くようにつぶやく。A・M4:23。喉がからからに乾いていた。
*
「オレを殺す夢、ねぇ・・・・・・」
「―――ああ」
香藤はそうつぶやいたきり、絶句した。さすがに何と言ったらいいのか、思いつかなかったのだ。
岩城は両手で持ったカフェオレカップに視線を落としたきり、じっとしている。ホットミルクの湯気とともに、ふわりとただようオレンジの香り、コアントロー。お茶請けに添えられた胡桃は黒糖を絡めたもので、どちらも精神を安定させ、安眠をうながすためのものだった。そこらの主婦顔負けの気遣いに苦笑しつつ、岩城はじっとカップを覗き込む。・・・・・・愛情の深さがわかるだけに、どうしても、香藤の顔をまっすぐ見られなかったのだ。
「ん~~、ねえ、人を殺す夢って、どんなの?」
「・・・・・・え?」
「ええと、夢占いとか、心理分析とかの解釈なら、さ」
「ああ・・・・・・」
―――何故そんな夢を見たのか、どうすればそんな恐ろしい夢を見ずに済むようになるのか、香藤は一緒に考えようとしてくれているのだ。その優しい気持ちに励まされるように、岩城は記憶をさらった。
「人が殺される夢は、一瞬ぎょっとするものだが、おおむね良い夢だと言われている。たとえば親を殺す夢は自立心が高まっていて、親に依存した関係を終わらせようとする意志を意味するし、見知らぬ誰かが殺される夢は、抱えていた問題が解決される兆しだとも言われている。ただ、恋人や夫婦の場合は複雑で・・・・・・」
「・・・・・・うん」
「日頃ため込んだ鬱憤や押し殺した怒りが夢に出てて、現実には実行できない代償として夢に見るケースや、あ・・・・・・」
―――独占欲。恋人が殺される夢の場合は、その人を絶対失いたくないという気持ちの表れ、だ。
岩城は思わず口元を手で覆う。
夢の中でも独占していたいと思うほど嫉妬深かったのかと、岩城は頭を抱えたい気持ちになったのだが、コワイ単語だけずらずら並べ立てられて、しかも言いにくそうに言葉を切られた方はたまらない。
「な、なに、・・・・・・もっと悪いこと?」
「う・・・・・・っ」
不安げに揺れる、琥珀色の瞳。
岩城は香藤を見て、手元のカップを見て、腹をくくった。・・・・・・笑われて死んだヤツはまだいない、と。
「・・・・・・いや。恋人を殺される夢の場合は、その人を絶対失いたくないという気持ちの表れで、殺す夢の場合は、その人を誰にもわたしたくないという、独占欲の表れ、だ」
さすがに、恥ずかしくて、声が震えた。カップをナイトテーブルに置いてそっと香藤の様子をうかがうと、ぽかんとした表情がみるみる笑み崩れ、さながら夏場のアイスクリームのごとく、でろでろに蕩けきっていた。
にやけきってて見ていられない。
(・・・・・・そこは喜ぶようなところかー?)
莫迦かと大笑いされるか、オレを信じられないの?! と怒鳴られるものだとばかり思っていたのだが・・・・・・、岩城は別の意味で頭を抱えたくなってきた。
「ふぅん・・・・・・」
「・・・・・・なんだ」
ニヤッと意味深に笑うと香藤は岩城の両手をとり、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。ぐらっと体勢を崩したところで片方の腕だけ強く引っ張り、互いの体を反転させる。岩城は自然と、香藤の上に馬乗りになった。
「ばっ、莫迦、あぶな・・・・・・」
「―――いいよ、殺しても」
「え・・・・・・」
「岩城さんも一緒なら、ね」
香藤は岩城の両手を自分の喉元に導く。手のひらに脈打つ香藤の鼓動を感じて、岩城はぶるっと大きく身を震わせた。
「莫迦っ、俺は、生きてるお前を愛してるんだ!」
「・・・・・・・うん」
叫んだきり、絶句して真っ赤になった岩城を見上げながら、香藤は思った、やっぱり違うな、と。
いつもの岩城なら、こんなこと、夢にさえ思わなかったに違いない。
(毎日生まれ変わる岩城さんを、毎日、初めての気持ちで抱くんだ)
―――のんきに死んでなんかいられない。人は毎日変わる。昨日よりも今日、今日より明日。もっともっと綺麗になる、もっともっと素敵になる、岩城京介を見逃すことなど、少なくとも自分には耐えられない。叶うものなら岩城が生まれた瞬間まで時をさかのぼり、コマ送りでつぶさに見守りたいくらいだ。
岩城が自分と同じように考えるとは限らないが、それでも、死を美化し、未来を捨てる不毛さに気付かないはずはない。だとすれば・・・・・・。
(別の誰かの感情を、引きずっているんだ)
声にならない悲鳴を上げて岩城はとび起きた。暗闇の中、カッと目を見開く。
「岩城さん、大丈夫!?」
カチッとスイッチを叩く音がして、サイドテーブルの小さな明かりがついた。温かい香藤の手が両肩にかかり、岩城はびくっと体をこわばらせる。認識が追い付かず、現状が把握できなかったのだ。
間近で心配そうに瞬く、琥珀色の瞳。
「・・・・・・夢を、見たんだね。大丈夫、オレがそばにいるよ、大丈夫・・・・・・」
辛抱強く語りかけながら、震える背中を優しく撫でさする。香藤の慈しむような優しい慰めに身をゆだねながら、岩城はほっと息をついた。
「夢か・・・・・・、よかった・・・・・・!」
かすれた声で、血を吐くようにつぶやく。A・M4:23。喉がからからに乾いていた。
*
「オレを殺す夢、ねぇ・・・・・・」
「―――ああ」
香藤はそうつぶやいたきり、絶句した。さすがに何と言ったらいいのか、思いつかなかったのだ。
岩城は両手で持ったカフェオレカップに視線を落としたきり、じっとしている。ホットミルクの湯気とともに、ふわりとただようオレンジの香り、コアントロー。お茶請けに添えられた胡桃は黒糖を絡めたもので、どちらも精神を安定させ、安眠をうながすためのものだった。そこらの主婦顔負けの気遣いに苦笑しつつ、岩城はじっとカップを覗き込む。・・・・・・愛情の深さがわかるだけに、どうしても、香藤の顔をまっすぐ見られなかったのだ。
「ん~~、ねえ、人を殺す夢って、どんなの?」
「・・・・・・え?」
「ええと、夢占いとか、心理分析とかの解釈なら、さ」
「ああ・・・・・・」
―――何故そんな夢を見たのか、どうすればそんな恐ろしい夢を見ずに済むようになるのか、香藤は一緒に考えようとしてくれているのだ。その優しい気持ちに励まされるように、岩城は記憶をさらった。
「人が殺される夢は、一瞬ぎょっとするものだが、おおむね良い夢だと言われている。たとえば親を殺す夢は自立心が高まっていて、親に依存した関係を終わらせようとする意志を意味するし、見知らぬ誰かが殺される夢は、抱えていた問題が解決される兆しだとも言われている。ただ、恋人や夫婦の場合は複雑で・・・・・・」
「・・・・・・うん」
「日頃ため込んだ鬱憤や押し殺した怒りが夢に出てて、現実には実行できない代償として夢に見るケースや、あ・・・・・・」
―――独占欲。恋人が殺される夢の場合は、その人を絶対失いたくないという気持ちの表れ、だ。
岩城は思わず口元を手で覆う。
夢の中でも独占していたいと思うほど嫉妬深かったのかと、岩城は頭を抱えたい気持ちになったのだが、コワイ単語だけずらずら並べ立てられて、しかも言いにくそうに言葉を切られた方はたまらない。
「な、なに、・・・・・・もっと悪いこと?」
「う・・・・・・っ」
不安げに揺れる、琥珀色の瞳。
岩城は香藤を見て、手元のカップを見て、腹をくくった。・・・・・・笑われて死んだヤツはまだいない、と。
「・・・・・・いや。恋人を殺される夢の場合は、その人を絶対失いたくないという気持ちの表れで、殺す夢の場合は、その人を誰にもわたしたくないという、独占欲の表れ、だ」
さすがに、恥ずかしくて、声が震えた。カップをナイトテーブルに置いてそっと香藤の様子をうかがうと、ぽかんとした表情がみるみる笑み崩れ、さながら夏場のアイスクリームのごとく、でろでろに蕩けきっていた。
にやけきってて見ていられない。
(・・・・・・そこは喜ぶようなところかー?)
莫迦かと大笑いされるか、オレを信じられないの?! と怒鳴られるものだとばかり思っていたのだが・・・・・・、岩城は別の意味で頭を抱えたくなってきた。
「ふぅん・・・・・・」
「・・・・・・なんだ」
ニヤッと意味深に笑うと香藤は岩城の両手をとり、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。ぐらっと体勢を崩したところで片方の腕だけ強く引っ張り、互いの体を反転させる。岩城は自然と、香藤の上に馬乗りになった。
「ばっ、莫迦、あぶな・・・・・・」
「―――いいよ、殺しても」
「え・・・・・・」
「岩城さんも一緒なら、ね」
香藤は岩城の両手を自分の喉元に導く。手のひらに脈打つ香藤の鼓動を感じて、岩城はぶるっと大きく身を震わせた。
「莫迦っ、俺は、生きてるお前を愛してるんだ!」
「・・・・・・・うん」
叫んだきり、絶句して真っ赤になった岩城を見上げながら、香藤は思った、やっぱり違うな、と。
いつもの岩城なら、こんなこと、夢にさえ思わなかったに違いない。
(毎日生まれ変わる岩城さんを、毎日、初めての気持ちで抱くんだ)
―――のんきに死んでなんかいられない。人は毎日変わる。昨日よりも今日、今日より明日。もっともっと綺麗になる、もっともっと素敵になる、岩城京介を見逃すことなど、少なくとも自分には耐えられない。叶うものなら岩城が生まれた瞬間まで時をさかのぼり、コマ送りでつぶさに見守りたいくらいだ。
岩城が自分と同じように考えるとは限らないが、それでも、死を美化し、未来を捨てる不毛さに気付かないはずはない。だとすれば・・・・・・。
(別の誰かの感情を、引きずっているんだ)