自分の部屋の扉を開けた時。明け方まで離さなかった愛しい人の香りがふわりとただよった。

「岩城さん・・・・・・」

今日は2月14日、ヴァレンタイン・デー。恋人たちの祝日。

・・・・・・しかし。
日本を代表する俳優である2人がたやすく休みを取れるはずもなく、今日も今日とて岩城はアフリカへ撮影に、香藤も午後からペルーへ旅立つ予定だった。
ゆえに、2人は前日の内にプレゼント交換していたのだ。

「いま見せてくれたっていいのに」という香藤に、「恥ずかしいだろっ、こーいうのはっ」と岩城は猛反発。しかたなく「岩城が旅立った後に」、箪笥の一番上の引き出しを見ると約束したのだが・・・・・・。

「あ・・・・、れ・・・・・・?」

かたりと引き出しを開けると一段と強くなる、理知的でおだやかな森林の香り。
一番上には、綺麗にラッピングされたプレゼントが置かれていた。・・・・・・香りの発生源は、自分の体だけではなく、ここにもあったようだ。

包装をとくと、紺色のパジャマがでてきた。左胸ポケットのエンブレム中央には「k」のイニシャルが。これはもちろん、京介の「k」だろう。
それと、淡い水色のしおり。鼻を近づければ岩城のコロンの香りが胸いっぱいに広がって、甘酸っぱいような、切ないような、なんとも悩ましい気持ちになってしまう。

(岩城さん・・・・・・)

「・・・・・・夫婦、だもんね・・・・・・」

香藤はふふっと、ちいさく笑った。


                             *



同じ頃。
香藤より一足先に機上の人となっていた岩城は、「飛行機に乗る前に」開けて、と頼まれたアトマイザーを片手に、くすっと笑った。

「夫婦相和し、か・・・・・?」

香藤が贈ってくれたのは「香水」、自分が贈ったのは「文香」。

シンクロニシティ?  いや、2人同時に同じことを願ったからだろう。
ふと思いついて、ハンカチにコロンを振りかける。シヤープでセクシーな、しかし温かみのある香りが広がった。

「あら、岩城さん、その香水は・・・・・・」

隣の座席に座っていた清水が声をかけた。

「・・・・・・プレゼントに、貰ったんですよ。俺には若すぎる香りですが・・・・・・」

ふっと目を伏せて、岩城は艶やかに微笑んだ。

「あいつの香りですから・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

地雷を踏んで、清水は顔をおおった。ーーーこれで無意識なのだから、まいってしまう。

St.Valentine’sday.
共に在ることができないなら、せめてあなたの香りをまといたいーーーー

「・・・・・・・・永遠の新婚ですね・・・・・・・」

清水の脱力しきった声は、誰の耳にも届かなかった。







*注釈*
文中に出てくる「文香ーfumikouー」とは、試香紙(ムエット)のことではなく、手紙にお香を焚きしめる平安時代の貴族の風習をまねて、しおりにした品物の方のことです。

「後朝ーkinuginuー」とは。平安時代、新婚夫婦はそれぞれ身に着けていた衣を交換する風習がありました。また、この時代の貴族は、それぞれ自分だけの香りを調香する風習もありました。---つまり、衣を交換するということは、相手の香りをまとうということ。だから清水さんは「新婚か?」とつっこんだわけですね。 ふふ・・・・・・。