(指輪してる人、多くないか・・・・・・?)

初の写真集<kiss of fire>の撮影のため、ウエストコートに来ていた岩城は、ふと、奇妙なことに気付いた。
さんさんとふりそそぐ陽光、輝く海を眼前にした貸し切りのカフェテラス。さまざまな機材を持ってせわしなく行き来するスタッフたち。その大道具さんからスタイリストさんに至るまで、左手にきらりきらきらと煌めく指輪をしている・・・・・・、ような気がするのだ。
メインカメラマンの武井から、香藤と共に撮影の進行説明を受けていた岩城は、思い切って尋ねてみることにした。

「指輪をしてる人、多いですね。既婚者ですか?」

被写体を除いて、撮影現場にアクセサリーは御法度である。貴金属の乱反射が邪魔になるからだ。それでも直前まで外したくないアクセサリーがあるとすれば、結婚指輪ぐらいのものだろう・・・・・・、という岩城の推測は当たっていたらしく、武井はにこにこと笑ってうなずいた。

「ええ。香藤さんに頼まれましたからね」

瞬間、岩城の隣で(うわっちゃ~)とでも言いたげな表情を浮かべた香藤を見て、武井もしまった、と思ったのだが遅かった。
案の定、岩城はすごい目で香藤を睨みつけた。

「香藤っっ!!」
「だって」
「だってじゃない!」
「でもっ」
「でもでもない!」
「・・・・・・・・・」

一気に<二人の世界>へと突入し、人目もはばからず夫婦喧嘩をはじめた彼らを前に、武井は仲裁をあきらめ、観戦に徹することにした。

香藤が燃えるような目で岩城を見詰めれば、岩城もなんだとばかりに凍えるような目つきで睨みつけてくる。無言の攻防のさなか、ごまかせない、と感じた香藤は、開き直ることにした。

「・・・・・・岩城さん、あとは判子押すだけの婚姻届、いままで何百通、もらった?」
「・・・・・・・・・・っ!」
「婚約指輪、何十個、贈られてきた?」
「・・・・・・・・・」
「死後剥製にしたいから、遺体譲渡手続きをとってくれ、なんて、猟奇なリクエストされたこともあったよね?」
「・・・・・・・・・」
「だから、既婚者オンリー。
心の中に唯一人の住人がいる人なら、絶対、変なことにはならないと思ったから、ね」

こんこんと話すうちに、すっかり俯いてしまった岩城の頭をひきよせて、香藤はささやいた。

「・・・・・・心配なんだ。岩城さんが、すごく好きだから」
「香藤、だが、それはお前も・・・・・」

岩城の唇に人差し指をおいて、続く言葉を優しくさえぎる。

「俺は、平気! むしろ応援されてるぐらいだもん!」
「・・・・・・・・は?」

にへら、っと笑って香藤は、自慢げに答えた。

「ラブラブなんて生ぬるい、骨抜きにしちゃってください! とか」
「え・・・・・?」
「激ラブしてる二人を見てると、熟年夫婦の私達も燃えます! とか」
「え? ええ?!」
「・・・・・・まぁ、ファン層の違いってやつかな。セットで応援してくれる人が多いんだよ」

半分本当、半分ウソ。香藤を単独で好きだというファンももちろん多いのだが、あっけらかーんと、「岩城さんに飽きたらデートして」とか、「浮気したくなったらいつでも声かけて」とか、ライトに誘いをかけてくる子が多く、香藤自身、あまりシリアスに考えることはなかった。
が、岩城のファンは違う。こわいほど真剣で、一途だ。

「でも、岩城さんは、ちがうでしょ? だから・・・・」

香藤は、岩城を抱く腕に力を込めた。

「俺を安心させるためだと思って。露出の多い現場では、なるべく既婚者オンリーにしてもらって」
「しかし・・・・・・」
「ね、お願い!」

まっすぐ岩城の目を見て、ためらうことなく頭を下げる香藤の潔さに岩城はどきりとする。
大人びた気遣い。大人びた仕草。・・・・・それが年上の自分を追いかけるために身につけたものだとは、わかってはいるのだけれど・・・・・・、ひどく、格好良くて、悔しくて・・・・・・・・。

「わかった・・・・」

岩城は、自分の唇におかれたままの香藤の人差し指を、ぱくり、と銜えた。

「いっ、岩城さん・・・・??」

首筋まで真っ赤になってうろたえる香藤をちらりと見上げて、口腔内の指を存分になぶると、岩城はニヤリと笑って唇を離した。

「まいったか?」
「・・・・・・・・っっ!」
「・・・・・話はまとまったかい?」

ひどく、ひどく疲れた声に驚いてふたり同時に声の出所を見ると、ほとんど机につっぷさんばかりの武井の姿が見えた。

「・・・・・・・・・っ!」
「どわっ・・・・・!」

香藤は慌てて岩城の頭から手をはなし、岩城は真っ赤になって口元を手で覆い、明後日のほうを向いた。

・・・・・・・この日以降、岩城の撮影に「既婚者オンリー」という特殊条件が加わったことは、業界関係者はひとしく知るところである・・・・・・・。